2014.11.13 出された瞬間イラッとくる指示3つ更新。

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上司としての力量についての誤解

zyousi

最近は、小中高生など若い人に対して「尊敬できる大人はいるか」という質問をしてもはっきりと回答できる人の割合は非常に少なくなってきているのだそうです。
ちょっと古い数字ですが1999年の世代間交流活動研究会による『青少年の高齢者等に対する意識調査等の結果について』という資料には、「あなたの身の回りには『あのようになりたい』と思う大人がいますか」という質問に対し、小学校4年生で15.3%、小6では19.8%が「いない」と回答しているとあります。
この数字は年齢が高まるにつれて上昇する傾向にあり、中学校2年生で28.4%、高校2年生で30.5%となっています。
1999年は今現在(2013年)からみると14年前ですから、そのとき小学校4年生だった人たちは今24歳、高校2年生だった人は今31歳になっている計算になります。
さて全体の1/3弱くらいが「尊敬できる大人がいない」と回答していた世代がいま30代を迎えているわけですが、社会人になってからその数字はどんなふうに動いているんでしょうか。

自由なスタイルで「上司」になるという難しさ
どんな職業に就くにしても、そこで仕事の能力を伸ばすことができるかどうかはそこにいる上司の力量がかなり大きく影響してきます。
最近の若者は根性がない、ビジネスマナーがなっていないというような「大人目線」からの批判も相変わらずよく聞かれてきますが、正直いま40代~50代くらいの上司世代の人が20歳そこそこだったときに今の若手よりも優れたマナーや社会意識を持っていたかというと若干疑問が残ります。
というのも、今の40~50代の上司となっている人たちというのはちょうど60年代から70年代にかけて起こった安保闘争のような大きな社会的な変動期が終わった直後から社会人となっている世代なわけで、集団的・組織的な社会構造から個人尊重へ意識改革が大幅に行われた時期に勤めはじめた世代だからです。
そんな時代背景がかなり影響しているんじゃないかと思えるのが、それら40~50代の上司の多くがどういうふうに人の上に立ったらいいのかわからないという悩みを抱えているということです。
若手とどうコミュニケーションをとったらいいのかわからない、うまく組織を運営することができないと、比較的社内でも鼻つまみ者にされることも多いのがこの世代です。

私自身転職を通じて何人かの40~50代の上司を見てきましたが、タイプはいろいろいたものの共通して非常に組織運営が下手だなという印象を持っています。
私個人の経験が狭いと言われれてはそれまでですが、決してご本人的には仕事ができない人というわけではなくてもそれと全く反比例するかのように、人を束ねて動かすという統率力が決定的に「ない」と感じる機会が多かったのです。
その下手さの元とは何かをよくよく考えていくと、それは本人への求心力のなさではないかというようにも思います。

組織運営において最も大切なのは、それぞれが自分の立場や役割をどのくらいきちんとこなすことができるかということです。
そのためには役割的な「上司」として、チーム全体に指揮を出し、それに従わせるということが求められます。
ところが、個人主義的への意識転換が行われてしまった80年代あとからの世代というのは単に年齢が高い、職務歴が長いということばかりでその人を「上司」とは認めません。
「上司」としての役割をきちんとしてくれる人でないなら、そもそも命令に従う必要もないというふうに考えるできる若手社員もいるくらいです。
しかしながらそれら40~50代の中年社員が背中を見てきたのは、かつての組織型運営が当然であった社会の中での上司であり、年齢や職務歴の高さがそのまま「上司」としての威厳に繋がっていった社内構造でした。

そのように考えると今の中年世代というのは、見本のないまま自分の力のみで「上司」としてのリーダーシップを模索しなくてはいけない世代ということにもなります。

若手に好かれる上司・嫌われる上司
私個人の話をまた少しすれば、これまで仕事をしてきて何度か腹が立ったのが「言ってることと行動が全く違う」という上司の姿です。
具体的には上のマンガで書いたような“ノブレス・オブリージュ”やら“論語”“葉隠”のようないかにも立派そうな話を持ちだしては、さも自分はそれらを踏まえた素晴らしい組織運営をしていますと偉そうに若手に説教しておきながら、実際には「子供かよ」と呆れたくなるような駄々をこねたりワガママを通したり、突然キレたりするような人たちのことです。
説教するためのネタづくりと自分の行動を振り返りつつその言葉のように行動を合わせるという行為を全く別次元の作業として行なっていたような印象さえ受けます。

本やその他のビジネス書を持ち出すケースの他、亜流としては、過去にどんな仕事を成功させただとかいう真偽の怪しい自己アピールをしつこく何度も繰り返すパターンもあります。
いずれの場合にしても私なりにその行動の原因を考えてみると、それら説教上司というのは何らかの権威を先に自分につけておくことで、そのあとの行動を若手に許させるための方法にしていたんじゃないかというような気もします。
うがった見方かもしれませんが、かつてのような年齢や職務歴の長さだけでは自分に権威付けをすることができなくなってしまっていることを本能的にさとり、それを埋めるために別の権威を本人なりに必死に探したのではないかと思うのです。

もしかしたらそうした「エセ権威」というものにしがみつきたがる中年世代というのは、その上司世代であった現在の60~70代の人に権威を盾にした傍若無人に振り回されてきた過去があるのかもしれません。
単に権威が欲しいということで書籍やビジネス書を持ちだしてきているのであれば、元ネタに根拠を求められる分逆効果になるかなりまずい方法なんじゃないかと思うのですが、どうして気が付かないのか不思議です。

反対に、若手におもねってご機嫌をとったりやたらと持ち上げる、さらには若手の飲み会に無理やり参加したがるというちょっと「痛い」人も見かけました。
そちらも本人的には「コミュニケーションを密にすれば、話をしやすくなってくれるかも」という意識でやっているんじゃないかなと思うのですが、致命的に世代が違うと結局話が合わないのでむしろ溝を深めることにもなってしまっていたりします。

大きな誤解をしているのではないかと思うのは、今若手に好かれる「上司」というのは別に権威とかではなく役割としての「上司」を演じてくれる人ということです。
「上司」の役割をきちんとしてくれれば、特に人間的な関わりを密にしなくても相談したり適度なコミュニケーションをとったりできるのにな、というのが若手の考えのように思います。少なくとも私はそれほど上司の「人間性」には期待していません。
仕事をきちんとまとめて、割り振りやスケジューリング、公平な評価さえしてくれれば十分で、それだけで好感度の高い上司になります。

どうも今の40~50代の中間管理職に悩む人の多くは、「上司の力量」を「人間性」に必要以上にからめて考える傾向があるんじゃないかという気がしています。
恋愛関係で例えるならさしずめ「重い上司」となるかと思います。
また、余計な関わりを避けたいとばかりに仕事を丸投げして知らんふりをしたり、問題が生じたときに真っ先に逃げるような無責任上司もいるようですが、そっちはもう問題外です。上司どころか社会人としてのマナーもなにもあったものではないです。

上司としての力量とは何かとはつまり「上司の仕事をきちんとすること」であると、非常にシンプルな結論をぜひ世の中年世代の方たちには持ってもらいたいところです。

 

もう20年したとき、どんな上司たちが誕生しているかというのも楽しみな気がします。

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