2014.11.13 出された瞬間イラッとくる指示3つ更新。

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サーヴァント・リーダシップ

仕事をしていく時に必要となる組織体系は業種・業態によって違いますが、大雑把に分けるだけなら行う業務内容が「メイン」と「サブ」という2つの役割に分担することができます。
一番イメージしやすいことで例えれば、ものを販売するという仕事をするときの、直接営業にあたる人と、その売った品物の在庫を管理したり利益率を計算したりする人、あるいはスケジュール管理や食事の手配などを行う人といった区別です。
サブ的業務のプロフェッショナルというと「秘書」という仕事にいきつきますが、秘書という名前で担当する人を雇っている会社はそれほど多くありません。
ほとんどの企業では、サブとしての業務は若手や立場の低い女性があてられるのがほとんどです。
国会議員などごく一部の仕事においては、秘書という立場から経験を積んでやがてはメイン的な役割をする仕事へのステップアップをしていくこともありますが、おおむねの場合はサブとして就職をした場合そのままサブとしての仕事を全うすることが多いようです。

サーヴァント・リーダシップという考え方とは
私たちがごく自然に勘違いをしているのが、メインとサブという役割は「強者」と「弱者」という関係に近いものであるということです。
業務をメインとして担うのは、年齢が高かったり経験値があったり、あるいは社会風習的な序列として上位に扱われている(と思い込まれている)人であるという思い込みがどうしても強く残っています。
つまり、私の大嫌いな年功序列の残りカス的価値観の中年男性なんかは、ごく自然の成り行きとして社内の若手や女性は自分をもり立ててくれるサブ的役割であると考えていたりするわけです。

反面で、ここ最近に新卒などとして社会に出た20代くらいの若手もまた、学校や家庭であまりサブ的な役割を強要されることもなく、むしろ「才能を伸ばすため」という名のもと丁重にメインとしての役割を与えてもらっていることが多いように思います。
全ての家庭がそうとは言いませんが、家庭においては仕事をする親の存在がメインでありそれを支えるのが仕事をしていない子供たちの役割という価値観のもと、サブ的業務である炊事洗濯などをさせられるということは最近ではあまりないのではないのかと思うのです。
純粋培養が進んだ家庭においては極端な話、サブ的な役割を全く経験しないままに就職活動をする若者もいるのではないでしょうか。

私自身の経験や他の人の著書、コラムなどを読んでみていくと、40代くらいからの中年たちと就職氷河期に突入したあたりの世代とには、仕事というものをするにあたっての意識がどうしようもなく乖離している場面をよくみかけます。
ビジネス書などにしても、同じようなテーマを扱う書籍であっても、比較的年配の人の書いた本などでは「仕事をすぐに辞めるのは、若者の我慢が足りないから。社会の厳しさを知らないうちに辞めるという安易な手段をとるのは社会人として失格」という論調のものが多いのに対し、30代くらいの若手コンサルタントさんなんかの本では「一つの会社でしか通じない技術ではなく、キャリアアップがしやすいプランを立てていく自主性が大切。安易な逃げの転職ではなく、ステップアップをする転職プランを立てるべき」という雰囲気のものをよく見かけるように思えます。
※ただの私の主観だろと言われたらそれまでですが。

転職経験者である私にしてみると「我慢が足りない」と一方的に決めつける精神論至上主義ジジイは読んでて非常にむかつくのですが、よくよく考えてみるとその主張にもきちんと背景となる理由があるかもしれません。

その差についてのヒントを調べていて、最近行き着いたのが「サーヴァント・リーダシップ」という考え方です。

サーヴァントとは「奉仕する人」という意味ですが、言葉の意味を説明をするところは新しいリーダー像として望まれている姿勢についてを言っています。

図解で学ぶビジネス理論 人と組織編

こちらから内容についての説明をお借りすると、サーヴァント・リーダシップとはリーダーとは部下を上から管理するのではなく部下の邪魔をせず、手助けをして能力を引き出す役割であるべきとなっています。
サーヴァント・リーダシップに必要なリーダーの条件とは、

  • 正しいことを見抜く
  • 正しいことを実行する
  • 部下への共感をする
  • 自分の資源を提供する

ということです。

あまりよい上司に恵まれてこなかった私にしてみると、なんと理想的な上司なのだろうと思うのですが、反面で「我慢が足りない」精神論大好き論者にしてみると、「何を甘いことを言っているんだ」と思われても仕方がないようにも感じます。

上司が部下に仕えるという時代
一見先祖返りのように思えますが、最近の若手社員は会社の行事に比較的前向きという記事もたまに見かけます(微妙に調べ方に怪しいところがありますが)。
こういう情報を聞くと、「いや~30代くらいのロスジェネは左翼がかってて生意気なのが多いのに、20代は素直でいいな~」とか脳天気に考えてしまう中年管理職もいそうですが、はっきり言ってこの「参加したい」という行動の奥にある気持ちはかなり大きく離れているんじゃないかと私には思えます。

まさか20代の若者が「自分にサーヴァントしてくれる上司をつけたい」と思って会社行事に参加しているとは言いませんが(いるかもしれませんが)、概ねの場合はもっと単純な「味方をつけたい」という気持ちや「自分を仲間として優しく受け入れてもらいたい」という感情的な側面が強いのではないでしょうか。

ここでの「受け入れて」という気持ちは、決して無償のものではなく対価として「自分の能力を伸ばすための役割をやってもらいたい」という希望も少なからず含まれているのだということは、単純に喜ぶ前に管理職の人には考えておいてもらいたいところです。

また若手にしてみても、会社行事に参加したり上司の誘いに乗ったりしたとしても、自分が希望する「仲間と認知してもらって、あまり厳しい言葉をかけないようにしてもらいたい」「優しく褒めて自分の能力を伸ばす上司になってもらいたい」という希望を叶えるためなら、それはかなり効率の悪い方法だということは知っておいた方がよいと思います。

いきなり仲良さそうにしてくれる若手部下を持った上司のほとんどは、まず「よし!こいつにサーヴァントしてやろう」とは思いません。
むしろ全く逆で、「よい自分のサブがついてくれた」と自分を立てる存在を得たと思って喜んでいます。

もし飲み会など会社行事のあとで、上司からいろいろ業務を多く渡されるようになったとしても、それは自分のサブ的業務という昔の常識としてあるべきだった、年下は年上に黙ってつくものだという常識がかなっただけであって、部下側のの将来を考えて成長のための努力をしてくれるようになったというわけじゃないと思います。
最初の話に戻りますが、ごく一部の特殊な仕事を除いてサブ的役割を続けたからといってそれはメインとなるためのステップアップの道筋が用意されているわけではありません。

将来を信じてサブ業務を続けていても、それは管理職にとっては「当たり前の存在」を得ただけなので、それをありがたがって将来を考えてくれるようなことは、現在においてはほとんどまずないと思った方がよいと思われます。

私としてはやっぱり、転職をしないでしがみついたからといって、根性なしの人間失格だとは思いません。
正直、今の40~60代のボンクラ管理職を昔のできた管理職の姿と同一視するのはかなり危険性が高いと思っておいた方が、将来的には役立つのではないかと考えています。

恨み節で申し訳ないですが、私も以前の職場では非常に献身的にサブ業務をしたものですよ。
すんごいめんどくさい資料まとめなんかしたとき、お礼を言われるどころか次回から当たり前にそのめんどうくさい資料収集を任されるようになったので、もう自主的にサブ業務はしないと心に誓ったものです。(でもしないと本当に何もできないんだよな…)

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