2014.11.13 出された瞬間イラッとくる指示3つ更新。

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同一賃金・同一労働のワナ

最近は、労働市場の混乱を正すために何らかの新しいルールが必要であるという論調がよく聞かれています。
ただ、「新しいルール」が必要だということはわかっているものの、その具体的な方法については信じる説によって内容は大きく異なるようで、従来どおりの終身雇用型の日本型雇用制度を復活させようとする動きから、はたまたアメリカ的な完全自己責任理論に基づく自由雇用形態にさせようとするものまでさまざまです。
いわゆる新自由主義的な雇用が今後の日本経済の発展のためには絶対に必要と、どういうわけだか固く固く固く信じて疑わない方もいらっしゃるようですが、そういった主義主張に含まれる「同一賃金・同一労働」という制度について、その裏側に潜むワナなどをみていきたいと思います。

終身雇用の幻想を信じきれなかった人たち
戦後日本における雇用体系は世界的に例を見ない独特の「終身雇用」という大家族型の方法がとられてきました。
新卒で入社をしたら定年までそこで働くのが当たり前で、特に問題なく真面目に勤務をしていれば自然に昇給や昇進があって、死ぬまで面倒を見てもらえるという、今にしてみるとまるで夢のような雇用が確保されていました。

ただし、全く問題がなかったかというとそういうわけでもなく、雇用の流動化がないために癒着や隠蔽が起こりやすく、また自分の課や所属する企業以外のことには無関心といった、狭い沼の中で起こるよどみのようなものがよく起きていたりしました。
また順番による昇給・昇進を平均的に行うために、若者や女性などに対して極端に役割を固定化させる差別的な処遇も当然のように行われてきたという側面もあるわけです。

そこで、この淀みや濁りにうんざりした人たちの反発と、国際化を美化する人たちの思惑が一致することで提案されるようになってきたのが新自由主義的な「同一賃金・同一労働」という方法です。

同一賃金・同一労働となれば、少なくとも同じ企業内において、若者であっても年配であっても男性でも女性でも、同じ内容の仕事をすれば同じ金額が支払われるようになるという、一見平等な雇用が保たれることになります。
当たり前ですがそれをされて困るのは、若い時代に終身雇用(の名残のようなもの)を信じて入社した年配の人たちで、いろいろと理由を付けて反対をしてくるわけです。

ですが悲しいかなそういう既に年配になった人たちからの反論というのは、若者や女性、あるいは自営業者など終身雇用を信奉していない人たちから見ると限りなく保身に近い行いのように見えてしまいます。
例え本気で日本の将来のためを思ってやっている主張であったとしても、保身じゃないか?と思われてしまうことで「日本の将来や発展よりもお前の老後の利益の方が大切なのか!」と最もな理由ではねつけられてしまいます。

先に言っておくと私は既得権益にしがみつくジジイや、大した能力も人徳もないくせにやたらと威張って説教したがるバカは大嫌いです。
その上で、同一賃金・同一労働に簡単に賛成してはいけない理由を考えてみたいと思うのです。

同一賃金・同一労働が平等なようで危険なのは、それをしてしまうことで長く仕事をすることで実質的に給与が下がっていくことになるという点です。
最も簡単な例を出せば、皿洗いを仕事にしている人たちがいたとします。

皿洗いは特別な知識や技術は必要はありません。
慣れてくると少しずつ仕事のスピードは上がりますが、かといってある一定のレベルに達してしまうと、それ以上に速くなるということはなくなります。(余程の才覚があって厨房全体を改革するとかまで行けば別かもしれませんが、ここでは純粋に「皿洗い」に限定した業務を行うということにしてください)。

これを40歳の男性と20歳の男性が1枚洗っていくらという歩合制でするとしてください。
一般的には20歳の男性の方が40歳の男性に比べて腕力も敏捷性もあります。
両者とも真面目な性格でサボることを考えないとしたら、当たり前に20歳の男性の方が早くたくさんのお皿を洗えることでしょう。

※オレは普段から鍛えてるから若いもんには負けないといきがるジジイもたまに見かけますが、それなら同じくらいの体格の20歳くらい若い人と普段やりなれないスポーツで一度本気勝負をしてみるといいでしょう。自分で思っているよりも身体能力の衰えははっきり結果に出ます。

何が言いたいかというと、つまり20歳から皿洗い勤務をしてきた男性は、40歳になった時20歳時点よりも給与が下がってしまうということです。
20歳の時には「邪魔なジジイに勝ててラッキー」と思いますが、それは20年後にそのまま巨大なブーメランとなって跳ね返ってくるという事実を示しているということを、なぜだかかなり多くの人が見ないようにしているようにも思えます。

というと新自由主義的思想の方は、「20年の間に20歳の人にはない能力を身につければいいだけのことだ。だいたい40歳にもなって20歳と同じレベルの仕事しかできない人の方がおかしい」というふうに片付けるのかもしれません。
ようするに、20歳が40歳になるまでの間に給与を下がらなくするためには、何が何でも給与が上がる別の仕事を見つけなければいけないという理屈です。

新自由主義的なことを主張する人というのは一般的に「頭が良い」とされるご立派な経歴やら学歴やらを持った方が多いのですが、バカですね。
何がバカって世の中を「できる人の理屈」で片付けようとしているところがバカです。

私に言わせてもらえば、「できる人の理屈」で物事を考えることほど楽な方法はないと思います。

頭脳明晰な人の想像力の欠如

某民主党幹部の誰でしたか「デフレは若者にとってチャンス」「安い食品が入ってくるのは消費者にとって歓迎すべきこと」とかものすごい意見を無表情に話していましたが、まじでこういうこと言う人の目は銀紙でできてるんじゃないかと疑いたくもなります。

たぶん、こういう安全策をなくしてしまえば世の中の人は知恵を絞って前へ前へと進もうとするに決まってる、という「できる人の理屈」が想像力の前提にあるんじゃないかと思ったりするのです。

私個人の偏見も多少に含めて言わせてもらえば、だからといってこういう新自由主義的な考え方をしている人というのは、世の中の大半の人は頭がいいから想像した通りに行動をしてくれるだろうと楽観的に構えている反面で、自分はそういう人達とは同類ではなく一段高いところにいるというプライドも持ちあわせているようです。

つまり、自分(達)は世の中を俯瞰する力があるから方針を決めることができると上から目線を貫く一方で、世の中というものの上澄みだけを見て水の流れを全て知っているつもりでいるという、まあなんというお気楽で怠け者な考え方をしているのだろうという。

話がそれてしまいましたが、私が言いたいのはそういう一見正しそうに見えるキレイな理屈に騙されてしまってはいけないということです。
同一賃金・同一労働になって一番得をするのは、いつでも不要な人材を切ることができるようになる巨大企業の経営者と、単純作業などの仕事を最初からしなくてもいい高学歴・高収入の親をもった人だけです。

一般の仕事をして普通の生活をおとなしく送りたいと思っているような人は、最初だけちょっとジジイを払いのけるという嬉しさを知ることができる程度で長期的には全く得をしません。

そもそも、将来損をしないために必死の努力をしていかなければならないというライフスタイルが本当に幸せだと思えるかどうか、考えなおしてもらいたいと思うのです。
将来「発展をしていくための努力」じゃないですよ。

損をしないために身を削るという努力です。


だいたい、生きるだの働くだのに無理やり意義付けだとかつけなきゃいけないと思う考え方がおかしいですよ。
無力で無為に働く人生があって何が悪いんですか。

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